株式会社アルドリッジ 代表取締役 北田さま×弊社代表岡崎

対談A02.jpg

 

「思い」をカタチに、作り続けるということ

信念と変化 ミッションと誇り


北田さま:うちと丸安さんとの取引ってもうどれくらいになるんだろう。
弊社岡崎:そもそも取引きをさせて頂くキッカケはなんだったんですか?
北田さま:誰かの紹介だったんだよね、確かニッターさんだったと思うんだけど、あれから25 年はゆうに経つんじゃないかな。
弊社岡崎:そうですね、僕が会社に入って20 年は経ちますからね。
北田さま:そしたら、足掛け30 年近くにはなるかなぁ。
弊社岡崎:当時北田さんが独立した時に、こんなニットにしたいという思いとかあったんですか?

対談A03.JPG

北田さま:僕が独立したのは昭和49 年のオイルショックの頃、非常に経済状況も悪かった時代で、どっちかって言うと、呉服屋さん上がりか洋装店上がりの人たちが、新しい既製服っていう概念で小さな品揃えのブティック、今でいうセレクトショップが地方に出来てきていたね。その頃のこの業界っていうのはニットでも、ワールドとかオールスタイル、キャラバンという大手がある程度占めていたんだよね。その時代にそういう所で勉強してきた人たちが外に流出してきて、小さなマンションメーカーが産声上げて、お店も大手とは違ういき方で行こう、といって色んなお店が出来てくる。それに対する新しい商品の需要っていうのも、当然出てくるわけだ。
弊社岡崎:なるほど。

北田さま:でもその頃、まだニットっていうのは遅れていて、僕の目から見ると布帛は洗練されていいものがあったけど、同じような感性で選べるニットはまだまだ少なかったんだよね。
かなり実用に近いニットしかなかった。そこを突きたいと思った。それには多分いきなりは難しいし、大変なんだけど先行き考えたら、そのほうが自分の思う物も作れると思ったし、これからはそういうセレクトショップがのびていくと感じた。
その当時うちは、商品のテイストもイタリアンスタイルで色も渋い色付けてね、素材もレーヨン100% のちょっと着流しのニットとか、独特の世界。でもそれがうちの持ち味になっていた。だからずっと“ レーヨンのアルドリッジ ” と言われたぐらいだったからね。
弊社岡崎:もうその頃からそういう柱があったんですね。

対談A08.jpg

北田さま:そこで徐々に基礎が出来て、高度成長に差し掛かる時だったから物がある分、それなりに良い物を作れば評価してもらえたし、素材とか物にこだわったものを作ろうと。そこから丸安さんとお付き合いが始まったんだね。
 弊社岡崎:そうですね、原料にもこだわっていたからその“ レーヨンのアルドリッジ” っていう言葉もあったんでしょうね。

北田さま:素材を先にセレクトして、そこからデザインを起こすのはその当時僕らには当然だったけど、今は逆だよね。デザイナーがなにを作りたいか、っていうところからどの素材を使うか決めている。僕なんかは、春夏はレーヨン、秋冬はカシミアと高混率のアンゴラ、それが段々シーズンを通して1年間の中でアルドリッジの顔というような核が出来てきた。
弊社岡崎:お話しを聞いてあ〜って、うちもすごく重なるけど、74年ていうとちょうど、父親から聞いたらね、実用衣料からファッションになり始めた時で、その時丸安毛糸は、デニットとかがものすごい数量で鈴屋さんに入っていってね。
北田さま:ものすごかったね。

対談A07.JPG

弊社岡崎:要はその素材はね、アパレルと鈴屋さんと一緒になって、もの作りをしたっていう。その話しを聞いて、僕もこれからはアパレルさんたちやその先も含めてもっともっと一緒になって物作りをしていったらいいんじゃないかと、今本当に思っている。

北田さま:そういう時代だった、その時は本当に。

弊社岡崎:そうですよね。
父親からそこまでやってきたって聞いて、でも今はそこまでやってないよなって。でもその原点てすごく大事だし。これからますます大切にしなきゃならないって思いますよね。

対談A04.JPG

北田さま:20 年位前にね、その当時OEMという言葉はなかったけどチェーン店は、企画力のある小さい会社を、今思うとOEM化したかったのよ。アルドリッジの商品でね、主力で商売していた先で、お宅の商品の5 割を組ましてくれって、過去に話があって。その代わり条件は、ああしろこうしろ、ネームをその店のものに全部付け替えてくれ、アルドリッジの名前は捨ててくれ、それが出来ないならっていう話。それはすごく悩んで、でも今ここで切られたらって考えたし、せっかくうちのデザイナーがこれだけね、考えて一生懸命作ったものの、5割の商品が他の名前で出ることは結局、ここのお抱えのアパレルというイメージも出るし、それが果たして自分とこの将来のスパンで考えた時に良いことなのかって、本当に悩んで。でも、それは答えを出さなきゃならない時になったら自然にはっきり断ってたんだよね。
だからそういう幹になることって、まあ、生意気な言い方かもしれないけど、ぶれちゃいけないことと、変わっていかなければならないこと、そこを間違えちゃいけない。そういう意味では自分のこだわりというか、自分らしいやり方でやってこれたのは、幸せな方なのかなって思うね、商売していて。

対談A05.JPG

弊社岡崎:前に北田さんに言われてすごく勉強になったことがあったんですよ。僕らは仕入れ先を大事にしようというスタンスは持っているけど、なあなあになるというか癒着は絶対するな、それは小売さんとも一緒だっていう話。
北田さま:だからもしね、アルドリッジがダメだ、伸びないと感じるんだったら丸安毛糸もアルドリッジから離れるべき、ということ。お互いに刺激しあう関係でなくてはダメなんだよ。
じゃないとお互いにとって良くない。
弊社岡崎:お取引させて頂いて30 年になりますけど、うちの印象というのはその時どうだったんですか?一番最初は。
北田さま:正直、昔は保守的というか、素材感はやっぱりミセスよりなんだなという印象はあったね。誠実なんだけどまじめ過ぎる、面白みというか色気が無かった。形状とかそういうことじゃなくてね。その当時は。
弊社岡崎:確かにそうですね、それから、お付き合いしていくお客様に素材も育てられたというかお客さんがこんなものが欲しいという声に応えながらそれに対応してきた。当時と比べると変わってきたなと、僕自身もすごい感じますよ。
北田さま:若返ったよね確かに。感覚もね、変わってきているんだよ僕自身、昔見て良いと感じたものが、今はあまり良いと感じないものも多くて、それも経験やお客様に育てられたものだね。これからは、素材もオリジナルで作っていかなきゃだめなんだよ。マーケットも先ぼそりしているこの時代だからこそ、そういうことをやっていかなければならないと思う。みんなこわがってリスクしないから結局素材も同じ、みんな作るものが同質化している。全部オリジナルというのは無理でも、出来ることから、おしゃれでかっこよく、良い物を作る。そういうことが出来にくくなっている時代だから余計に意味はあるし、なにが一番タイトになっているかというと、やっぱり素材だと思うよ。イタリア糸はサイクル的に厳しいしから、国内でそういうものはやっていきたい。

対談A06.JPG

弊社岡崎:僕もそういうことが一緒に出来たらやっぱり嬉しいです。こことこういうものを作ったんだって。最初は小さく100枚からスタートしたものでも最終的に5000 枚作った物だってありましたしね。そういうことが大事なんですよね。
北田さま:ファストファッションでこうやって危機感が広がってきたのは逆に良かったんだと思う。より戻しとしてはやっぱり“ 差別化”なんだよね。でも周りもまだみんなその“ 差別化”がなにっていうのは見つけられてないからそれを見つけられることが一番大事で、それが素材だったりするんだと思う。
弊社岡崎:これから丸安毛糸に期待することはそういうことですか?
北田さま:そうだね。単独では何も生み出せないし作れない。そこでお互いに意見を出し合って一緒に作り上げることが必要。お互いにニットを作っているんだ、特化しているんだという所をもっと活かしていかなければならない。あいかわらずニットっていうのは時間掛けて作っているんだよね。でも最終的にどういう「思い」で作っているのかが伝わっていないんだよ、まだまだ。こういう「思い」で作っているというのが我々になくなったら、やっぱりこのビジネスはやっちゃだめだよね。売れるものだけじゃなくて、売れないものも作るから経験になる、売れ筋だけ作るのじゃなくて、違うものも作っているんだなって、お客さまはちゃんと見てるしね。まず糸作りだね、秋冬の。原点に戻ってね。
弊社岡崎:そうですね、ぜひ協力させて下さい。

▼ WEBサイト ▼

▼ 毎日更新中!BLOG ▼

▼ Facebookページ ▼